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    CIAがコントロールしていた自民党

    2006.9.15 〜随時加筆中〜
    米国 CIA が岸信介、池田勇人・政権に秘密資金を提供していた   

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    ※ 日本のスパイ役に立たず 児玉誉士夫ら諜報員としての価値はなきに等しい・CIA機密文書公開 2007.2.28  
    ※ 米国CIAが岸信介、池田勇人の政権に秘密資金を提供していた(ブログ)

    自民党は米国 CIA のコントロール下にあった

    中日新聞朝刊2006.10.9から抜粋

      アメリカで「反共」資金拠出報道
      1994年(平成6年)10月9日
        米紙ニューヨーク・タイムズはこの日、「米中央情報局(CIA)が1950年代から1960年代にかけ日本に極秘で計数百万jの資金援助をしていた」とスクープした。資金援助の目的は、左翼勢力を弱体化させるためだったという。
        国務省の文書によると、岸政権下の1958年7月、佐藤栄作蔵相がマッカーサー駐日大使に「共産主義と戦うため」に資金要請をしたという。同紙の報道で明るみに出たのは、佐藤氏の要請から36年後。村山内閣の時だった。



    きし・のぶすけ 1896年11月、山口県生まれ。「秀才」の誉れが高く、東大卒業後は農商務省に入省。36年10月、満州国国務院総務司長に就任した。 41年10月に東条内閣に商工相として入閣。44年、現職閣僚だった当時、辞任を拒んだことで東条内閣は総辞職した。敗戦後、A級戦犯容疑者として逮捕さ れたが、米の反共政策への転換で48年に不起訴、保釈。自由、民主両党の保守合同を導き、56年、石橋湛山内閣に外相として入閣。2カ月後、石橋首相が病 に倒れ、後継首相となった。79年に政界を引退、87年に90歳で死去した。

    安倍晋三は岸信介のカーボンコピーか?
    安倍晋三は岸信介の娘・洋子の子であり、信介の孫にあたる。
    「美しい国へ」の中で述べているが、祖父の影響を強く受けた育ったといわれ、祖父・信介の生き様が色濃くインプットされているといわれている。
    歴史の大きな流れには興味がないのか、はたまたあたかも無視するかのような言動にはことさら理解に苦しむ。
    信介の修羅場、すなわち60年安保改正の時には晋三はわずか5歳であった。当然のこととして信介と同じ時代を生きたわけではない。信介の満州時代、巣鴨監獄から釈放されて政界に入って総理大臣にまで上り詰めるもっとも重要な時代を知る由もない。回顧の形で信介から話を聞くことはあったかもしれないが所詮聞いた話に過ぎない。ここに錯覚・思い込みが生まれる余地があり、それに気づかずに今日まで来ていて、それを評して「偏狭」といわれるのであろう。

    ちなみに戦後の内閣の歴史は第四十四代東久邇宮稔彦王内閣から始まっていて、岸信介は第五十七代である。
    1.第一次岸信介内閣  1957年(昭和32年)2月25日〜1958年(昭和33年)6月12日
    2.第二次岸信介内閣  1958年(昭和33年)6月12日〜1960年(昭和35年)7月19日
    3.第一次池田勇人内閣 1960年(昭和35年)7月19日〜1960年(昭和35年)12月8日
    4.第二次池田勇人内閣 1960年(昭和35年)12月8日〜1963年(昭和38年)12月9日
    5.第三次池田勇人内閣 1963年(昭和38年)12月9日〜1964年(昭和39年)11月9日

    以下の公開されている文書はPDFファイルなので、時間を見つけては随時 html 化中・・・

    『Papers Relationg to the Foreign Relations of the United States』 で公開された。
    Press Release 済
    Summary 済
    Preface 済
    ● Sources
    ● Abbreviations
    ● Persons
    ● Note on U.S. Covert Actions
    ● Index

      ■ 核持ち込み密約  伝える首相らを選別していた --> こちら 2009.6.4
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    ※※ お知らせ 耐震偽造で新たな展開になっています ご興味があればごらんください・・・まとめページをアップ  2006.10.20























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