美しい国へ 改正さきにありき 教育基本法 2006.11.12 |
この「美しい国へ」の中には裏表紙にはじまって実に85回、「教育」ということばがでてくる。自信と誇りのもてる日本へ
美しい国へ
「日本」という国のかたちが変わろうとしている。 保守の姿、対米外交、アジア諸国との関係、社会保障の将来、教育の再生、真のナショナリズムのあり方・・・・その指針を明示する必読の書。
日本が独立を取り戻すための目標
ふたつの保守党が合併したもうひとつの理由は、日本が本当の意味での独立を取り戻すことにあった。五一年のサンフランシスコ講和条約の締結によって、形式的には主権を回復したが、戦後日本の枠組みは、憲法はもちろん、教育方針の根幹である教育基本法まで、 占領時代につくられたものだった。憲法草案の起草にあたった人たちが理想主義的な情熱を抱いていたのは事実だが、連合軍の最初の意図は、日本が二度と列強として台頭することのないよう、その手足を縛ることにあった。
国の骨格は、日本国民自らの手で、白地からつくりださなければならない。そうしてこ そはじめて、真の独立が回復できる。それまで不倶戴天の敵同士だった自由党総務会長の 大野伴睦と日本民主党総務会長の三木武吉が、固く手を握りあったのが、この点であった。
自民党結党の精神のひとつに「自主憲法の制定」が謳われているが、その目的を達成す るための発議には、議員総数の三分の二以上の賛成が必要だったことも合併の理由であ る。まさに憲法の改正こそが、「独立の回復」の象徴であり、具体的な手だてだったので ある。 それから五十年、自民党は政権政党として、第一の目標は、高度成長によって、みごと に達成したといっていい。しかし、第二の目標は、後回しにされてしまった。順番として はやむをえなかったのだろうが、その結果、弊害もあらわれることになった。損得が価値 判断の重要な基準となり、損得を超える価値、たとえば家族の絆や、生まれ育った地域へ の愛着、国に対する想いが、軽視されるようになってしまったのである。
「君が代」は世界でも珍しい非戦闘的な国歌
アメリカでスポーツ・イベントの開会のとき、かならず歌われるのが国歌である。プロ バスケットリーグのNBAや野球のメジャーリーグの開幕戦など、人気イベントになると、 大物ミュージシャンが招かれ、それは朗々とうたわれる。
日本でも、たとえば高校野球の甲子園の全国大会では、開会式に国旗の掲揚と国歌の斉 唱がおこなわれるが、アメリカのような多民族国家においては、この国旗と国歌は、たい へん大きな意味をもつ。星条旗と国歌は、自由と民主主義というアメリカの理念の下にあ っまった、多様な人びとをたばねる象徴としての役割をはたすからである。
覚えている人もいるだろうが、二〇〇四年のアテネオリンピックで、水泳の八百メート ル自由形で優勝した柴田亜衣選手は、笑顔で表彰台にのぼったのに、降りるときには大粒 の涙を落としていた。 「金メダルを首にかけて、日の丸があがって、『君が代』が流れたら、もうダメでした」 日本人として、健闘を称えられたことが素直にうれしかったのだ。二〇〇五年七月にモ ントリオールで行われた世界水泳選手権では、同じ種目で残念ながら三位に終わってしま ったが、「日の丸をいちばん高いところに掲げて、『君が代』を歌いたかった」と悔しがっ ていた。
世界中どこの国の観客もそうだが、自国の選手が表彰台に上がり、国旗が掲揚され、国 歌が流れると、ごく自然に荘重な気持ちになるものだ。ところがそうした素直な反応を、 若者が示すと、特別な目で見る人たちがいる。ナショナリズムというと、すぐ反応する人 たちだ。ようするに「日の丸」「君が代」に、よい思いをもっていないのだ。
かれらにとっては、W杯の日本のサポーターの応援ぶりも、きっと不愉快なことなのに ちがいない。ただ、その不愉快さには、まったく根拠がないから、かれらの議論にはなん の説得力もない。そのことはかれらもわかっているから、「プチ・ナショナリズム」など という言葉をつかって、ことさらにおとしめるのである。
また、「日の丸」は、かつての軍国主義の象徴であり、「君が代」は、天皇の御世を指す といって、拒否する人たちもまだ教育現場にはいる。これには反論する気にもならないが、 かれらは、スポーツの表彰をどんな気持ちでながめているのだろうか。
若者たちはよくいうが、「君が代」は、たしかにほかの国の国歌にくらべて、リズムと いいテンポといい、戦いのまえにふさわしい歌ではない。しかし日本の選手が活躍したあ とに、あの荘重なメロディを聞くと、ある種の力強さを感ずるのは、わたしだけではない はずだ。
歌詞は、ずいぶん格調が高い。「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」という箇所は、 自然の悠久の時間と国の悠久の歴史がうまくシンボライズされていて、いかにも日本的で、 わたしは好きだ。そこには、自然と調和し、共生することの重要性と、歴史の連続性が凝 縮されている。 「君が代」が天皇制を連想させるという人がいるが、この「君」は、日本国の象徴として の天皇である。日本では、天皇を縦糸にして歴史という長大なタペストリーが織られてき たのは事実だ。ほんの一時期を言挙げして、どんな意味があるのか。素直に読んで、この 歌詞のどこに軍国主義の思想が感じられるのか。
アメリカ国歌に、「星の輝く旗は、まだはためいているか?」と、問いかける一節があ るのをご存じだろうか。独立後の一八一二年に起きた米英戦争の際、激しい攻撃を受けな がらも砦に星条旗がはためく光景を歌ったものだ。
戦意を高揚させる国歌は、世界にはいくつもある。独立なり、権利なりを勝ちとった歴 史を反映させようとするからだ。フランスの国歌「ラ・マルセイエーズ」は、はじめから 終わりまで「暴君の血に染まった旗が、われらに向かってかかげられている」「やつらが あなた方の息子や妻を殺しにくる」と、烈しい言葉がならび、最後は、「進め! 進め! 汚れた血がわれらの田畑を染めるまで!」というフレーズでしめくくられている。
郷土愛とはなにか
人はなにかに帰属してはじめて、自己を確認する −映画「ミリオンダラー・ベイビ ー」は、民族・文化とは別に、宗教への帰属というテーマを描いた。 わたしがこのことに目を聞かされたきっかけのひとつは、高校二年生のときに読んだ遠 藤周作さんの『沈黙』だった。『沈黙』は、日本に潜入したポルトガル司祭ロドリゴの苦 悩をとおして、人間のきわめてストイックな生き方を描いた作品だ。
ロドリゴは、拷問を受けても棄教せず、殉教していく日本人キリシタンたちを救うため に、自ら踏み絵を踏み、信仰を捨てる選択をする。神に仕えるロドリゴにとって、仲間の キリシタンを助けることは世俗のことにすぎない。しかし、彼は結局は、世俗を優先し、 現実の世界で誰かを救うため、いままでの人生を否定することまでした。 一つを選択すれば、他を捨てることになる。なにかに帰属するということは、そのよう に選択を迫られ、決断をくだすことのくりかえしである。
結果的になにを選択することになろうと、帰属するということは、決断するさいの基準 をもつということである。それは、自らの生き方に自信や責任をもとうという意識のあら われでもある。身の処し方といいかえてもよいが、そういう人の人生には張りがある。反 対に、帰属を拒む人間の人生が、どこか無機質で、艶がないと感じるのは自己認識を避け ようとするからではないか。
自らの人生をかけて帰属するのだから、その対象が組織であれ、地域であれ、ひとは、 それを壊さないように、愛情をもって守ろうとする。愛着はそうして生まれる。 「団塊の世代」という言葉の生みの親である堺屋太一さんの本に、『エキスペリエンツ7 − 団塊の7人』という小説がある。老いの入り口にさしかかった団塊世代の仲間たちが、 自分たちの知識と経験を生かして、ある大仕事をなしとげるのだが、その大仕事とは、斜 陽になった某商店街の再生である。いうなれば現代版の「七人の侍」だ。
だれでも自分の住む地域をよくしたいと願う。ましてそこが自分の故郷だったら、なお のことそう思う。またそれは自分の国にたいする思いにつながる。 飲み終わったジュースの空き缶を平然と道端に捨てられる人は、その土地に愛着をもっ ていない人だ。空き缶を自宅にもって帰って処分することを思うと、たしかに面倒くさい。 損得で考えれば、その場に捨てていったほうが楽だ。そこを捨てずに、あえてもち帰るた めには、倫理的規範とともに、損得ではない、なにか情動のような基準が必要になる。
地域社会が壊れつつあるといわれて久しい。 《あなたはこの土地に帰属しているのだから、この場所はあなたの一部でもあるのです。 この場所をきれいにするということは、とりもなおさず、あなたの一郭を高めていくこと にもなるのですよ》 若者たちが、自分たちが生まれ育った国を自然に愛する気持ちをもつようになるには、 教育の現場や地域で、まずは、郷土愛をはぐくむことが必要だ。国にたいする帰属意識は、 その延長線上で醸成されるのではないだろうか。
自由と民主主義の六十年
二〇〇五年五月、わたしは自民党幹事長代理としてアメリカを訪問、多くの政府高官と 会談をもった。このときは中国で起きた反日デモが話題になっていたせいか、日中関係についてたびたび質問されることになった。
わたしは、日中の長い歴史的な関係について説明した。そして、わたしたち日本人は歴史にたいしては、つねに謙虚でなければならないと考えているし、だから中国にたいして、 すでに公式に謝罪を繰り返している、と話した。 ある高官はこういった。 「これまで中国の支柱のひとつであった『結果の平等』という哲学は、市場主義経済の導入によって失われつつあるが、いま、そのかわりの役割を果たしているのが、『経済成長』 と『反日愛国主義』ではないか」 わたしは、小泉政権が日中関係をなんとか改善したいと考えている旨を伝え、反日デモ の背景のひとつである日本の国連安保理常任理事国入りの問題や、中国における反日愛国教育の問題、そして反日教育を生み出すことになった構造的な問題など、両国の議論の食 い違いについて説明した。
かれらの反応は、おどろくほど率直だった。 「そういう話は初めて聞いた。しかもたいへんわかりやすかった」 じつはアメリカの要人ですら、日中間に横たわる問題については、歴史問題をふくめて、 あまり理解していなかったのである。でも、そういわれてみて、はっと気がついた。わた したちはこれまで、戦後日本の民主主義の歴史を、欧米に向けて、いや、世界に向けてき ちんと説明してきただろうか。
日本は、六十年にわたって自由と民主主義と基本的人権、そして法律の支配の下で、謙虚に国、づくりと国際貢献に励んできた。その間、好戦的な姿勢など一度たりとも示したこ とはない。それなのに、国家間で何か問題が起きると、かつての戦争にたいする負い目 から、じっとこらえて、ひたすら嵐の過ぎ去るのを待つという姿勢をとってきた。その結果、ともすると、あたかもこちらに非があるような印象を世界にあたえてきたのであ る。
たとえば、日本は過去の歴史の過ちについて中国に謝罪していないではないか、とよく いわれるが、ほんとうのところは、正式に二十回の謝罪をしている。正確にいうと、二〇 〇五年のアジア・アフリカ会議で二十一回目だ。中国の経済発展に役に立っているODA (政府開発援助)による中国への援助は、借款をふくめると三兆円を超えている。
日本の隣国である中国と友好的な関係を保つことは、わたしたちにとって、経済上はも ちろんのこと、安全保障上もきわめて重要である。 五年前、まだ中国の経済発展は日本経済にとって脅威であるといわれていたとき、小泉 首相は 「それは脅威ではなく、チャンスである」といった。実際、その後の日本の景気回 復は、中国経済の成長によるところ大である。
いま経済において、日本と中国は切っても切れない「互恵の関係」にあるのは論をまた ない。日本は中国に投資をすることによって、安価な労働力を手に入れ、製品をつくり、 競争力を高めている。いっぽう中国は、日本の投資によって雇用を創出し、日本からいわゆる半製品(日本にしかできないものも多い)を輸入し、それを製品化して輸出し、外貨を 獲得している。
ちなみに二〇〇四年、日本の対中貿易総額は、対米貿易総額を上回った。日本企業の対 中直接投資額も、この年は四千九百億円と史上最高を記録。さらに二〇〇五年は前年比で 一九・八パーセントも増加している。同じとき、諸外国の中国投資はマイナス〇・五パー セントだった。小泉政権がはじまった二〇〇一年以降、他国にくらべて日本の対中投資は 大きく伸びたのである。まさに、われわれが進めてきた政策どおりの結果が出ているとい ってよいだろう。
さらに最近では、中国は「世界の工場」から、巨大かつ有望な「消費の市場」としての 一面もみせはじめた。中国の経済成長は、あきらかに日本の成長につながっているのであ る。
誇りを回復させたサッチャーの教育改革
戦後日本は、六十年前の戦争の原因と敗戦の理由をひたすら国家主義に求めた。その結 果、戦後の日本人の心性のどこかに、国家=悪という方程式がビルトインされてしまった。 だから、国家的見地からの発想がなかなかできない。いやむしろ忌避するような傾向が強 い。戦後教育の蹉跌(さてつ)のひとつである。 一九八〇年代、イギリスのサッチャー首相は、サッチャー改革と呼ばれたドラスティッ クな社会変革をおこなった。イギリス社会には、大きな軋轢(あつれき)を生じさせたが、それは、よ りよき未来へむけた、いわば創造的破壊だった。 わたしたちはこの構造改革を、金融ビッグバンに象徴される、民営化と市場化の成功例 ととらえているはずだ。しかしそればかりではなかった。じつは、サッチャー首相は、イ ギリス人の精神、とりわけ若者の精神を鍛えなおすという、びっくりするような意識改革 をおこなっているのである。それは、壮大な教再改革であった。
サッチャーは、全二百三十八条におよぶ「一九八八年教育改革法」で、二つのことを断 行した。一つは自虐的な偏向教育の是正、もう一つは教育水準の向上である。お気づきの 方もいると思うが、どちらも、日本の教育が抱えているといわれる課題と重なっている。
そこで、私が幹事長だった二〇〇四年秋、自民党は教育調査団をイギリスに派遣した。 イギリスの経験が、きっと日本の教育改革、とりわけ教育基本法の改正に活かせると考え たからである。期待どおり、調査団は、たいへん示唆に富んだ報告をしてくれた。 自虐的な歴史教育は、敗戦国に特有のことだと思っていたから、戦勝国のイギリスでも そのような教育がおこなわれていると聞いて、正直、はじめはたいへん驚いた。聞いてみ ると、これは長年にわたってイギリスがおこなってきた帝国主義の反動なのだという。
たしかに、かつてのイギリスの植民地政策を思い浮かべれば、イギリスの歴史は収奪の 歴史であり、国内に自虐的な自国の歴史観が生まれておかしくはない。長い間のイギリス 病が、敗戦国シンドロームに似た感性を教育界にはびこらせたのかもしれない。
当時イギリスで使われていた歴史教科書の中には、『人種差別はどのようにイギリスに やってきたのか』というようなものもあった。アフリカを搾取するイギリスを太った家畜 にたとえたイラストも載っている。この教科書は高等教育ではなく、初等教育で使われる ものだ。たいへん自尊心を傷つける教科書である。こんな教科書で子どもを教育したので は、イギリス国民としての自尊心を育てることはできない、とサッチャーは考えた。 そこで八八年の改革では、教科書の記述に、バランスをとるという観点がとりいれられ た。たとえば、植民地における奴隷労働の「負」の面を書いたら、イギリスが世界にさき がけて奴隷貿易を廃止したこともきちんと載せる、というものだ。けっして自画自賛する 記述はしない。
教育改革は労働党政権にも引き継がれた
つぎが、教育水準の向上である。イギリスでは戦後、国が教育内容をチェックするとい う仕組みがなく、現場の自主性にまかされていた。そのため、数も満足に数えられない子 どもが続出したのである。これを立て直すべく、まず国定のカリキュラムをつくり、全国 共通学力テストを実施した。そして、教育省から独立した女王直属の学校査察機関をつく り、五千人以上の査察官を全国に派遣して、国定カリキュラムどおりに教育がおこなわれ ているかどうかを徹底的にチェックした。
その結果、水準に達していないことがわかった学校は、容赦なく廃校にした。その数は 百以上におよぶ。そういう学校に教師を送り出している大学の教育学部までがつぶされた。 もちろん、この改革は現場教師の猛反発をくらうことになった。国会にはデモ隊が押し 寄せ、教育大臣の人形が焼かれたり、教員のストが半年も続いたりした。しかし、サッチ ャーはいっさい妥協しなかった。そしてついに改革をやり遂げたのである。サッチャーの 後は、メージャーがこの政策を引き継ぎ、なんと労働党のブレアもこれを引き継いだのだ った。しかもブレアは、教育改革は自分たちの成果である、とまで自負しているのである。
ブレア政権は二〇〇五年五月の総選挙に勝って三期目に入ったが、その後、政権の大き な柱として「リスペクト・アクション・プラン」を発表した。教育や子育て、青少年の育 成、地域づくり、治安までを含めた、省庁横断的な政策である。
具体的には、たとえば、問題を起こす児童・生徒に対する教員のしつけの権限を法制化 したり、地域に悪影響をおよぼすおそれのある問題家庭を二十四時間監視するなど、善悪 のけじめをきちんとつけること、犯罪の芽を初期の段階で摘むことに重きをおいている。
だが、これがたんなる治安強化と違うところは、「リスペクト」(尊重する、価値を認め る) というキーワードに着目した点である。 ご多分にもれずイギリス社会も、街の落書きから凶悪犯罪にいたるまで、多くの反社会 的行為に悩まされている。このアクション・プランは、さまざまな社会問題は人々が昔か ら共有してきた価値観−たとえば、他者への思いやりとか、権利だけでなく責任を担う 意識とか--を喪失してしまったことに根本的な原因がある、という考えから生まれたの だった。
本来、そうした価値観は家庭や学校、地域で身につけるものだが、家庭も学校も地域も、 その機能を失ってしまった。そこで、政府みずからが指導的に「あなたがリスペクトの精 神で接すれば、自分に返ってくる」 (Give respect, Get respect)というキャッチフレーズを かかげ、忘れ去られた「よき価値観」を再構築しようというのである。
国にたいして誇りをもっているか
一九八三年、アメリカでは、レーガン大統領が「危機に立つ国家」という報告書を発表 して、教育改革の旗をかかげた。六〇年代からすすんだ教育の自由化は、学力の低下をま ねき、享楽主義を蔓延させていたからだった。
この反省から、規律を重んじる教育をおこなうと同時に、ゆとり教育の反対の教育、い わば、詰め込み教育への転換をはかろうとしたのである。いま、日本のゆとり教育が反省 を迫られているが、それもそのはずで、じつは日本がお手本にしてきたのは、かつての六 〇年代のアメリカの教育だったのである。
占領行政の影響により伝統的価値観を否定する傾向の強い日本をよそに、皮肉なことに アメリカのほうが逆に伝統に回帰するようになってきているのである。
日本青少年研究所が日本・アメリカ・中国の高校生を対象におこなった「高校生の学習 意識と日常生活」(二〇〇四年)という調査がある。この結果をみると、日米の教育がめざ してきたもののちがいかよくわかる。
なかでも、わたしがいちばん衝撃を受けたのは、「国に対して誇りをもっているか」と いう問いにたいする、日米の高校生の回答だ。「もっている」と答えた者が、日本は五 〇・九パーセントであったのにたいし、米国は七〇・九パーセント(中国七九・四パーセン ト)。自国に誇りをもっている若者が半分しかいないのである。
教育の目的は、志ある国民を育て、品格ある国家をつくることだ。そして教育の再興は 国家の任である。日本の高校生たちの回答は、わたしたちの国の教育、とりわけ義務教育 に、大胆な構造改革が必要であることを示している。
教育改革のための戦略とは
構造改革を実効あらしめるには、目標を設定し、実行し、評価し、それを次の目標に反 映させる、というサイクルがしっかりしていなければならない。義務教育の構造改革は、 まず国が目標を設定し、法律などの基盤を整備する。つぎに市区町村と学校の権限と責任 を拡大して、実行可能にし、最後にその成果を検証する仕組みがあってはじめて完了する。
とすれば、まず義務教育は何を目標にするのかを、あらためてはっきりさせなければな らない。 現在、学校教育法は、小学校と中学校のそれぞれの目標を定めている(たとえば第十七 条は「小学校は、心身の発達に応じて、初等普通教育を施すことを目的とする」、第十八条は 「学校内外の社会生活の経験に基き、人間相互の関係について、正しい理解と共同、自主及び自律の精神 を養うこと」…・:以下、八つの目標をかかげている)が、その見直しをとおして、義務教育の 役割を明確にする必要がある。そのさい、義務教育の年限を何年にするかについても検討 し直すことになる。
なんといっても、喫緊の課題は学力の向上である。 先ほど紹介した日本青少年研究所の調査に、「学校以外の勉強時間はどのくらいか」と いう設問があるが、驚いたことに、日本の高校生の四五パーセントが「ほとんどしない」 と答えた(アメリカは一五パーセント)。
同研究所が翌年おこなった日・米・中・韓四カ国の高校生にたいする調査には、「どん なタイプの生徒になりたいか」という設問があって、この答えもなかなか興味深い。米・ 中とも「勉強がよくできる生徒」というのがいちばん多いのに、日本の高校生の多くが選 んだのは「クラスのみんなに好かれる生徒」なのである。
また、「現在大事にしていること」を聞くと、米・中・韓は「成績がよくなること」と いう答えが七割を超えているのに、日本は三割程度だった。 同じ質問をしても、答え方に国民性があらわれるから、この落差をそのまま鵜呑みにす るのは問題があるかもしれないが、日本の高校生が「いま勉強するのは自分の将来をよく するためだ」と、あまり思っていないことは明らかである。これでは学力低下を招くのも 無理はない。
ゆとり教育の弊害で落ちてしまった学力は、授業時間の増加でとりもどさなければなら ない。内容の乏しいマンガのような教科書も改めたい。そのためには、学習指導要領を見 直して、とくに国語・算数・理科の基礎学力を徹底させる必要がある。
また、全国的な学力調査を実施、その結果を公表するようにするべきではないか。学力 調査の結果が悪い学校には支援措置を講じ、それでも改善が見られない場合は、教員の入 れ替えなどを強制的におこなえるようにすべきだろう。この学力テストには、私学も参加 させる。そうすれば、保護者に学校選択の指標を提供できる。
ダメ教師には辞めていただく
教員の質の確保も大きな問題である。 わいせつ教師はいうにおよばず、指導力不足の教員が増えつづけている。最近の例では、 理科教師なのに、実験の最中、誤って火で生徒の制服に穴をあけたり、薬品をたらしてカ バンを変色させたりするので、県教委が免職にしたという教員がいた。生徒と正常なコミ ュニケーションのとれない問題教師は枚挙にいとまがない。
公立学校の教員の地位は、従来、地方公務員法で強く守られてきた。近年ようやく、免 職することができるようになってきたが、あらかじめ質を確保するためには、教員免許の 更新制度を導入するのもひとつの方法ではないか。
年功序列の昇進・給与システムを見直して、やる気と能力のある教員が優遇されるよう にしなければならない。これは二〇〇八年度をめどに実施される予定である。企業人など 異分野の人材の中途採用も少しずつ進んできたが、もっと多様な人材が学校教育の場に参 入できるようにすべきではないだろうか。学校という閉鎖的な空間に外の新しい空気が入ってくることで、競争が生まれ、教師の質の向上がうながされるからである。
ぜひ実施したいと思っているのは、サッチャー改革がおこなったような学校評価制度の 導入である。学力ばかりでなく、学校の管理運営、生徒指導の状況などを国の監査官が評 価する仕組みだ。問題校には、文科相が教職員の入れ替えや、民営への移管を命じること ができるようにする。もちろん、そのためには、第三者機関(たとえば「教育水準保障機構」 というような名称のもの)を設立し、監査官はそこで徹底的に訓練しなければならない。監 査の状況は国会報告事項にすべきだろう。
学校運営の改革という面では、校長の権限の拡大と、保護者の参加が求められる。また、 地元住民や地元企業が学校の運営に参加できるようにすれば、さらに大きな意味がある。 近年、子どもが犠牲になる痛ましい事件があいついでいる。地域住民のボランティアによ る巡回などが各地で定着してきたが、町ぐるみで子どもを守り育てるという意識が高まる のは歓迎すべきことだと思う。公教育は地元に根ざしてこそ、その役割をまっとうできる のだから。
もうひとつ、義務教育の改革の前に必要なのが幼児教育の改革である。これはいま、すでにすすんでいるが、幼稚園と保育所を一体化した「子ども園」という施設を認定する制 度だ。これまで、幼稚園は文部科学省所管の教育施設、保育所は厚生労働省所管の児童福 祉施設に分かれていて、たとえば保育所では原則として幼児教育をおこなうことができな かった。いっぽう、幼稚園では原則一日四時間しか子どもを預かることができない。母親 が働く家庭が増えて、幼稚園は定員割れ、保育所は待機児童が列をなす、という状況にな ったことが改革をうながす結果になった。
今後は、三〜五歳を対象とする子ども園で、幼児教育をになう。それが義務教育の充実 につながっていくだろう。
学力回復より時間かかかるモラルの回復
じっをいえば、日本の子どもたちの学力の低下については、わたしはそれほど心配して いない。もともと高い学力があった国だし、事実いまでも、小学生が九九をそらんじてい えるというのは、世界のトップレベルに近い。したがって、前述したような大胆な教育改革を導入すれば、学力の回復は、比較的短期間にはかれるのではないか。
問題はモラルの低下のほうである。とりわけ気がかりなのは、若者たちが刹那的なこと だ。前述した日本青少年研究所の意識調査(二〇〇四年)では、「若いときは将来のことを 思い悩むより、そのときを大いに楽しむべきだ」と考えている高校生が、アメリカの三 九・七パーセントにたいし、五〇・七。パーセントもいた。若者が未来を信じなくなれば、 社会は活力を失い、秩序はおのずから崩壊していく。
教育は学校だけで全うできるものではない。何よりも大切なのは、家庭である。だから モラルの回復には時間がかかる。ある世代に成果があらわれたとしても、その世代が親に なり、つぎの世代が育つころにならなければ、社会のモラルは回復したことにならないか らである。 かつては家庭と地域社会が子どもたちのモラルを醸成する役割を果たしていた。人と人 との助け合いをとおして、道徳を学び、健全な地域社会が構成されてきたのである。
そこで考えられるのが、若者たちにボランティアを通して、人と人とのつながりの大切 さを学んでもらう方法だ。人間は一人では生きていけないのだ、ということを知るうえで、 また、自分が他人の.役に立てる存在だったということを発見するうえでも、ボランティア は貴重な体験になる。
たとえば、大学入学の条件として、一定のボランティア活動を義務づける方法が考えら れる。大学の入学時期を原則九月にあらため、高校卒業後、大学の合格決定があったら、 それから三カ月間をその活動にあてるのである。
ボランティアの義務づけというと、自発的にやるからボランティアなのであって、強制するのは意味がないとか、やる気のない若者がやってきても現場が迷惑する、というよう な批判がかならず出る。しかし、みんなが助け合いながら共生する社会をつくりあげるた めには、たとえ最初は強制であっても、まず若者にそうした機会を与えることに大きな意 味があるのではないか。
家族のモデルを提示しない日本の教育
わたしたちは、生まれついた性によって社会的差別を受けたり、生き方を規制されたり しない、そして女性も男性もそれぞれ同じように能力を活かせる社会をめざしている。そ うしたなか、近年ジェンダーフリーという概念が登場した。生物学的性差や文化的背景も すべて否定するラディカルな考えをも包含する和製英語だ。 しかし近年、ジェンダーフリーの名のもとに、端午の節句やひなまつりまで「男らし さ・女らしさ」を押しつけるといって否定するような教育が行われていることが指摘され、 東京都教育委員会のように、この用語を使うことを禁じる自治体も出てきた。
その結果、行政ではジェンダーフリーということばは使われなくなってきたが、ジェンダーフリー的な考え方は、教育現場に広く普及している。 家庭科の教科書などは、「典型的な家族のモデル」を示さず、「家族には多様なかたちが あっていい」と説明する。生まれついた性によってワクをはめてはならないという考えからだ。
以前わたしは、自民党の「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト チーム」の座長をつとめていたが、そこの事務局長の山谷えり子さん(参議院議員)が、 国会で何度もこのことを指摘した。
たとえば、高校で使われていた家庭科の教科書に、「祖母は孫を家族と考えていても、 孫は祖母を家族と考えない場合もあるだろう」、そして「犬や猫のペットを大切な家族の 一員と考える人もある」といった記述があった。
同棲、離婚家庭、再婚家庭、シングルマザー、同性愛のカップル、そして犬と暮らす人 ……どれも家族だ、と教科書は教える。そこでは、父と母がいて子どもがいる、ごくふつ うの家族は、いろいろあるパターンのなかのひとつにすぎないのだ。
たしかに家族にはさまざまなかたちがあるのが現実だし、あっていい。しかし、子どもたちにしっかりした家族のモデルを示すのは、教育の使命ではないだろうか。
警戒すべきは格差の再生産
もうひとつのポイントは、格差が固定されないようにすることである。勝った者が新し い既得権益を手にしたり、負けた者が再挑戦を許されないような社会になるのは、絶対に 防がなければならない。 その意味で、フリーターやパートなどの非正規雇用者の拡大やニートの増加は、これか らの大きな課題だ。フリーターは年齢が高くなればなるほど正社員への転換がむずかしく なることが、調査で明らかになっている。
また企業のほうも、賃金が低く、人員の増減がしやすい非正規雇用者を必要としている という事情がある。したがって、フリーターは将来にわたって低所得のままになるおそれ がある。ニートの場合はさらに深刻だ。
教育学者らの調査によれば、親が高所得者で、教育に対して高い意識をもっている家庭 では、子どもの教育水準が高くなり、結果として子ども自身が高所得者になる傾向がみら れるという。この傾向がつづけば、高所得者と低所得者の階層が固定されてしまい、社会 不安を招きかねない。低所得者の子弟でも高い水準の教育を受けられるような仕組みが必 要なのは当然のことである。
その対策のひとつとして期待されるのが教育バウチャー制度である。バウチャーとは、 英語でクーポン券のようなもののことをいう。アメリカでは、私立学校の学費を公費で補 助する政策をスクールバウチャーと呼ぶ。それによって、保護者はお金のあるなしにか かわらず、わが子を公立にも私立にも行かせることができる。
もちろん、経済的に豊かになることが人生の目的ではないし、正規雇用されなければ不 幸になるわけでもない。人間にとって大事なのは生きがいであり、働きがいである。 ニートの若者たちが働かない、あるいは働けない理由のなかには、「自分に向いた仕事 がみつからない」「自分が何に向いているのかわからない」というのがある。生まれたと きからモノに囲まれて育った彼らは、父親たちの世代のように経済的に豊かになることを 「希望」だとは思っていない。
高齢者のデイサービス事業を通じてニートの社会復帰を支援しているあるNPOの代表 は、「ニートの若者たちのスローなテンポは、お年寄りたちに評判がいい。彼らはお年寄 りをせかさないからだ」といっている。同時に、「彼らはひとの役に立つ仕事を求めてい る」ともいう。 政府はいま、ニート問題では先行しているヨーロッパを参考に、若者の就業支援をはじ めている。しかし、そうした支援を実効あらしめるためには、何より彼らの「希望」がほ んとうはどこにあるのかを、わたしたちがきちっと見定める必要があるのではないだろう か。